仏教が日常と密接に関わるタイ人が欠かさない功徳とは



タイに旅行すると、仏教僧や見習い僧に小袋に入った食べ物をあげている人々を見かけます。このように、一般の人々が僧侶に布施することはタンブンの一つです。タンブンの「タン」は「行なう」、「ブン」は「善」、つまり、タンブンとは「功徳を積むこと」なのです。

仏教では、「善いことをすれば善果があり、悪いことをすれば悪果がある」と教えられています。仏教を信仰する人々は、善いことをすることによってより楽の多い世界へ生まれ変わることが出来ると信じているのです。つまり、タイ人は徳を積み来生をよりよくしたいと常々考えているわけなのです。

 

功徳を積む方法

福徳を積むための方法はいろいろありますが、タイの人々が信奉する上座部仏教では、三福業としてまとめられています。

布施をすること。 
道徳や戒律を守ること。 
瞑想によって心を向上させること。

 

このように、タイでは仏教の教えや宗教的な活動が日常生活に密接に関わっており、タイ人の生活様式や考え方の根底に根付いているのです。

 

 バンコクで多い功徳

 バンコクで多いのは、寺や中華系の救急医療サービスを行う慈善団体の事務所などで棺桶の制作に現金を寄付する功徳。これは、行き倒れのホームレスなどが亡くなったときに使われる棺桶の制作費を市民が出し合うという一つの功徳の形なのです。

最近は功徳の方法もいろいろあり、ラマ4世通りにあるホアランポーン寺では牛を数頭飼い、それらの飼育費用を払ってもらうことで功徳としています。

昔からカゴに入った鳥を放したり、魚やカメを川に放流するという功徳はありましたが、牛の餌をあげるという功徳はバンコクではかなり珍しいと言えるでしょう。

あらためて布施とは

布施とは、人に施し恵むことです。布施は私たちの中にある執着を取り除き、物惜しみの心や思い上がりの心を捨てさせます。仏教では、「執着」は苦の原因と考えられているのです。

 

タイの仏教は

インド方面から伝来する以前にあった精霊信仰と強く結びついており、仏像にはヒンズー教の神そのままのものもあるなど、日本の仏教とはかなり違っています。

 

不運が続くと…

タンブン(功徳)が足りないと思い、より一層足繁く寺へと向かうのがタイ人です。

そんなタイ人は愛国心が強く、外国人がタイの文化を積極的に真似ようとすると喜んで受け入れてくれます。皆さんもタイ旅行に行った際には積極的にお寺に行き、タイの文化を肌で感じてみてください。正式な作法というものは周囲の人の動作を見て真似ればいいわけですし、多少違っていてもそこは寛容なタイ人です。誰も文句など言いませんよ。

 

まとめ

日本では急速に仏事や日常の生活上で「行いをもって徳を積む」という功徳の観念が薄れているように感じます。功徳は目に見えるものでない以上、「功徳を積んで何になるのか?」という考え方も出てくるわけですが、タイ人には出来て日本人には出来ないというその違いは何なのでしょうか?

タイやミャンマー、スリランカなどの南方仏教と、中国や日本などの北方仏教では功徳感が違って当たり前、という意見もあります。

しかし、少なくとも「功徳」を積んだり「執着」を捨てたりする行為は自分のためにもなることだと思うのです。本気で悟りを開こうと修行するタイのお坊さんと生臭さのある日本のお坊さんを比べていると、タイに軍配があがるような気もします。

来世を信じる信じないは人それぞれですが、困った人のために何かをする行為はとても大切なことです。タイランド好きなあなた!タイの本質を全身で感じるためにも、タイ旅行に行った時くらいは「功徳」を意識して散策してみてはいかがなものでしょうか?

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