ベートーヴェンを訪ねる旅

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンは1770年12月16日頃、ドイツのボンで生まれました。実際、彼の誕生日に関する記録は残っておらず、教会で洗礼を受けたのが1770年12月17日であることだけがわかっているのです。

ベートーベンの生家は、宮廷歌手として成功したベルギー系移民の祖父ルートヴィヒ・ヴァンをはじめとする音楽家の家系でした。しかし、父のヨハンは歌手として大成することなく呑んだくれとなり、家計は祖父の稼ぎに頼っている有様。ベートーベンが幼少の頃に祖父がこの世を去ったため、ベートーベンの少年時代は貧乏そのものだったのです。

我が子を「第二のモーツァルト」にすべく、父ヨハンはベートーベンにピアノ演奏を教え込み、7歳で演奏会に参加させます。そして、10代になる頃にはベートーベンが祖父に代わって家計を支えていたのです。

その後青年になったベートーベン (16歳) はウィーンで念願だったモーツァルト (30歳) との対面を果たします。ベートーベンはモーツァルトへの弟子入りを希望していたのですが、母マリアの突然の訃報により、ボンに戻らなければならなくなります。この4年後、モーツァルトも鬼籍に入ったため、結局弟子入りは果たせませんでした。

22歳の時、ハイドンに師事したベートーベンは父ヨハンをも病気で失うことになります。こうしてベートーベンは弱冠22歳で弟二人を抱えて音楽の都ウィーンで新しい音楽家人生を歩み始めることになります。

その後の人生も波乱だらけ。28歳の時には自分の耳が聴こえづらいことに気づき、30歳の頃にはほとんど聞こえなくなっていたようです (原因は耳硬化症と考えられています)。

自殺も考えたベートーベンではありますが、難聴に向き合うようになり、次々と楽曲を量産していきます。特に1804年から1814年までの十年間は「傑作の森」と呼ばれるベートーベンの黄金期となります。この時代に作られた楽曲は、ベートーベンが生涯に製作した楽曲の半数を占めるほどの量と完成度を誇っています。

晩年のベートーベンは、「交響曲第九番」「荘厳ミサ曲」などを作曲しています。しかし、この頃のベートーベンにはある悩みがありました。それは、甥のカールのことです。ベートーベンは三兄弟の長男だったのですが、1815年に次男のカスパールが妻子を残して夭折してしまったのです。

ベートーベンはカールを自分の後継者に育てたいと考えていたので、カールの養育権を主張し三男のニコラウス・ヨハンとカスパールの妻ヨハンナと対立することになります。しかし、カールにとってこの伯父の動きは重圧以外の何物でもなかったようです。

カールは、かつてベートーベンが難聴に悩んだ時のように、自らの命を絶とうとしましたが未遂に終わっています。弟との対立やカールとの軋轢などで、ベートーベンは数年間作曲活動を停滞させています。

そして1827年3月26日、ベートーベンは患っていた病で56年の生涯に幕を下ろします。その最後は、見えない相手をにらみつけるように構えて、「諸君、喝采を。喜劇の終わりだ」と呟いたと伝えられています。

ベートーベンは、この時代の音楽家には珍しく貴族などのパトロンを持っていませんでした。父ヨハンは、モーツァルトのように宮廷や貴族をパトロンにすれば一生安泰であると考えていたようですが、ベートーベンは頑なに貴族のパトロンを持つことも、宮廷音楽家になることもしませんでした。

これは父への反発だけでなく、貴族のパトロンを持つことが既に時代遅れになりつつあることを悟っていたからではないかと考えられます。現に、ベートーベンの師匠であったハイドンはパトロンだったエステルハージ家の代替わりで解雇され、年金生活を送ることになっています。

癇癪 (かんしゃく) の気があったベートーベンは人間関係でとても苦労しています。師匠のハイドンとも喧嘩別れした…とされています。そんなベートーベンと上手に付き合っていたのが秘書を務めたアントン・シンドラーと、弟子のカール・ツェルニー、そして友人だったフランツ・シューベルトです。

ツェルニーは後にリストの師匠となり、ピアノ演奏の歴史にその名を残しています。シューベルトは「野ばら」や「アヴェ・マリア」で知られるロマン派を代表する音楽家です。ベートーベンとは30歳近くも年が離れているものの、シューベルトの才能を認め親しくなっていったのです。シューベルトは、ベートーベンが没した一年後に後を追うように病没しています。

ボン (ドイツ) を訪れたら是非立ち寄っていただきたいのが、かの有名なベートーベンの生家を博物館にした「ベートーベンハウス」です。ここでは、ベートーベンが使っていたピアノや直筆の楽譜、手紙、肖像画、楽器など、ベートーベンの所持品が多数陳列されています。音楽ホールも併設されています。

ボン中央駅から歩いて10分。1770年に生まれてからウィーンに引っ越す (21歳) までをボンで過ごしたベートーベンは、働かない父親にかわって家族の大黒柱としてがむしゃらに働きます。

屋内にはベートーベンと関わりの深かった家族や友人、音楽の講師の絵が飾られています。また、彼が実際に書いた楽譜やピアノをはじめとした楽器も展示されており、ベートーベンが初めて人前で演奏した際のオルガンも見ることができます。3階には、有名なベートーベンの肖像画があります。

もちろん本物です。この絵が描かれた時、すでにベートーベンは50代でした。真っ赤なスカーフは、当時ナポレオンに共感していたベートーベンが革命派だったことを表わしています。

のちにナポレオンが皇帝に即位すると激昂し、ナポレオンを讃えて作曲した「英雄」の表紙を破り捨てました。

３階には他にも興味深いものがあります。ベートーベンが40代の頃に作成したライフマスク、死ぬ少し前のマスク、そして死んだ直後のマスクが展示されています。

背が低く、顔もハンサムとは言えなかったベートーベンですが、実は恋愛遍歴は華やかで、恋仲だった女性たちの肖像画も部屋の壁に展示されています。

ベートーベンが実際に生まれた部屋の前に、出生証明書が展示されています。出生届きが提出された17日の文字を見つけてみてください。

料金：6ユーロ

ドイツのボンに生まれたベートーベンは21歳頃ウィーンに移り住み、最期を迎えたのもウィーンでした。そのため、ウィーンにはゆかりの地が多く残されています。

その中の一つ、「田園」の楽想を練りながら歩いたと言われる「ベートーベンの小径」は、今も当時の雰囲気をそのまま残しています。

「ベートーベンの小径」とは、ベートーベンがよく歩いていたとされる散歩道のことです。道の横には小川が流れ、道中にはベートーベンの胸像があります。

ベートーベンの住んでいた家の近くにあり、『交響曲第6番』の構想はこの道を歩きながら練られたとも言われています。緑溢れる小道を歩きながら、かつてベートーベンが歩いた道を辿ってみませんか。

ウィーンの北部にあるハイリゲンシュタットは、聴力を失い絶望したベートーベンが遺書をしたためた地として有名です。ここでは、彼が曲を書いた家や胸像などを見学することができます。

ちなみにハイリゲンシュタットは、ホイリゲ（ワイン酒場）と温泉でも有名な街です。葡萄畑が広がっていて、ワインの醸造が盛んです。引っ越し魔のベートーベンは、ここハイリゲンシュタットだけでも3軒の家に住んでいたそうです。

そのうちの1軒がこの『ハイリゲンシュタットの遺書の家』ことベートーベン・ハウスです。聴力を失い始めたベートーベンが、日々ひどくなっていく難聴を絶望して遺書を書いた家だと言われています。

1802年、耳が聞こえにくくなったベートーベンは治療のためにハイリゲンシュタットに滞在しますが温泉療法も効果なく。。。自殺を考えたベートーベンは弟のカールとヨハンに宛てて有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書きました。

ちなみにこの遺書は死を目前にして書かれたものではなく、死のうとしたが芸術が自分を引き止めたという内容のものでした。

料金：大人4ユーロ。毎月第一日曜は入場無料。

ウィーン近郊のバーデン (ウィーンから電車で30分) は、最晩年のモーツアルトが美しい合唱曲「アベベルムコルプス」を作曲初演し、ベートーベンが「第九」を作曲したところです。

バーデンは、200年ほど前の中産階級勃興時代に、病弱の皇帝フランツが温泉保養の別荘をかまえたことが契機で発展しました。ウィーンの南約25kmのところに位置し、ウィーンから電車での日帰りが可能です。

ここにはベートベン記念館があります。通りにもベートーベンの名前が残されており、交響曲「第9」完成に至る時期に住んでいたとされるベートーベンハウスが公開されています。この街にベートーベンは15回、少なくとも7つの家に住みました。

1804年から1825年の間、毎年バーデンを訪れ、小さなパン屋の2階を借り、そこに住みながら交響曲などの作曲に没頭したこともあるそうです。

バーデン付近にはいくつもの美しい散策コースがあります。案内パンフレットを入手したら、音楽家たちが辿った足取りを辿ってみるといいでしょう。標識があちらこちらにあるので初心者でも迷いません。

疲れたら、新酒が楽しめるホイリゲ (ワイン酒場) で休憩してみては 😁

ベートーベンは1827年3月26日午後5時45分頃死亡しました (享年56)。死因は肝硬変とされていますが、検死解剖の結果、鉛中毒が死に深く関わっていたのではとも考えられています。

ともかく、ベートーベン最期の家となったシュヴァルツシュパニエルハウスは、ドライファルティッヒカイト教会の近くにあります。

シュヴァルツシュパニエルハウスで亡くなった彼の葬儀は、ドライファルティッヒカイト教会（聖三位教会）で行われ、２万人の人々が参列しました。

「エリーゼのために」や「交響曲第9番」などの名曲の数々を世に残したベートーベン (1770〜1827年) の棺はヴェーリンガーシュトラーセのヴェーリング墓地 (現シューベルト公園) に埋葬されました。

現在はウィーン中央墓地に移されており、モーツアルトの記念碑やシューベルトのお墓とともに安らかに眠っています。