パリの悲劇!「僕はテロリストを憎まないが…」



ある日突然、愛する人を失ってしまったら。。。

あなたはきっと、その原因となったものを憎むことになるでしょう。

 

交通事故であれば加害者を、末期ガンであればがん細胞を、そして、自殺であればそれを止めることができなかった自分自身を憎んでしまうかもしれません。

しかし、人には寿命というものがあり、誰もがそのつらく悲しい現実と対峙していかなければならないのです。

 

それでも、、、

寿命というにはあまりに早すぎる死…

あなたならどう受け止めますか?

 

 

パリ同時テロ勃発!

不幸は時に、不意を突いて訪れます。パリに住むアントワーヌの人生は、2015年11月13日夜、テレビ画面に流れたテロップを見た瞬間に一変しました。

 

 

130人が亡くなったパリ同時テロの犠牲者に、妻エレーヌの名が含まれているのを知ったのは翌日のことでした。

風景は視界から消え、音も消えました。

まる2日、話すことさえできなくなっていました。

 

 

テロリストに宛てたメッセージ

遺体安置室で亡き妻と対面した後、息子を保育園へ迎えにいく車の中で、ふといろんなことが頭に浮かんできました。

「君たちはかけがえのない人の命を奪った。それは僕の愛する妻であり、僕の息子の母親だった。だが、君たちが僕の憎しみを手に入れることはないだろう。」

 

これは実際にアントワーヌがFacebookに書きつけた、イスラム過激思想に染まったテロリストに宛てたメッセージだったのです。

 

このメッセージには、世界中の多くの人たちから賞賛と感謝の反響がありました。

「不幸に見舞われたのはあなたなのに、私たちに勇気をくれたのはあなただ」

 

アントワーヌは言います。

「犯人らが望んだもの、つまり憎悪は得られないと言ってやりたかった!」
 

パリテロ直後の市民の集会

 
 
 

愛おしい幸せな日々よ…

記者のアントワーヌと美容師のエレーヌは2012年に結婚。2015年1月には、2人揃ってパリの風刺週刊紙シャルリエブドが襲われたテロの現場を訪れ、献花しています。

「表現の自由への攻撃だね」

 

それは、他の皆と同じく、ある意味他人事でした。

 

しかし、現実に妻が犠牲になった今、テロは抽象的な出来事ではない。

妻の人生は奪われたが、私と息子の人生は奪えないと言ってやりたい!

 

息子が生まれたのは結婚2年後の2014年でした。テロ当時、1歳5ヶ月…

テロの2日後、息子はとても苛立っています。携帯電話にエレーヌが入れてくれた子守唄を聴かせると、小さな息子は穏やかになります。

 

しかし、そんな日も長くは続きません。

(ママがいない…)

 

何かを感じた息子は静かに涙を流したのです。生まれて初めて悲しくて泣いたのです。

泣きじゃくる息子を抱いて、アントワーヌも一緒に大泣きしました。

 

 

父子の生活

2人だけの生活が始まり、アントワーヌは息子を保育園に送り、夕方迎えに行き、ご飯を与え、風呂に入れ、寝かしつけます。

こうした日常に、とても救われていることを実はアントワーヌは知っています。

 

「生活のリズムを取り戻すことで、落ち込むことから気を紛らわすことができているんだ」

 

 

終わりに

一方で、フランス社会が普段通りの日常に戻っていることには違和感を感じているアントワーヌ。

 

「なぜ、あれほどの悲劇が起こってしまったのに、こうも普通の日常が送れているんだ?」

 

「悲しみは受け入れた。でも、喪失の感覚はいつもどこにでもついて回る。生活を再始動しても、この感覚は消えないんだ」

 

いつの日か、息子が母親のことを質問してくる日がくるでしょう。アントワーヌはその日を待っています。

何が起きたのか、包み隠さず教えてあげるつもりだ。

 

そして、

そこから息子が自分の道を自分で歩み始めることになるのです。

 

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