テロ組織であるイスラム国はとても残忍です。女を奴隷とし、幹部たちの性的欲望を満たし、死の最前線にある戦闘員に女を与えて士気を高める。。。
あまりに酷すぎます。
「奴隷」といった社会問題は、実は先進国においても現に行なわれているものなのですが、イスラム国のそれは度を越しています。
異教徒の女性たちを「性奴隷」として、組織的に強姦しているのです。大量虐殺もしかり。。。
そこでここでは、
日本ではあまり報道されていない事実、現在イスラム国が行っている「性奴隷」について、皆さんに少しでも知ってもらいたいと思い、情報を共有させていただきます。
イラクに住む若き女性ナスリーンは、中東の過激派組織「イスラム国」(IS) に奴隷として捕らわれていましたが、、、
必死の思いでようやく逃れ、1年5ヶ月ぶりに家族と再会できました。しかし、その後の日々は悪夢にうなされる毎日です。
「早く忘れたい…」
ナスリーンは、ISの男たちに何度も何度もレイプされました。当時18歳。ナスリーンは性奴隷として4回も売り飛ばされ、ISの男たちに道具として扱われてきたのです。
激しく殴られ、地下室の生活を強いられたりもしました。
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奴隷として過ごしたのはイラク第二の都市モスル。監視の目をくぐり抜け、逃亡を企てたこともありましたが、助けを求めた人の裏切りによりISに連れ戻され、激しく打ちのめされました。
そんな地獄の日々が続いたモスルの地では、アメリカ軍の空爆も経験しました。多くの一般市民の犠牲も目の当たりにしてきたのです。
黒い旗を掲げた一団がナスリーンの故郷を襲ったのは2014年8月。地元を守るはずだった治安部隊は応戦もせず撤退。
山中に逃げた人たちは、その多くが暑さや飢えから息絶えました。ISは当初「我々に従えば悪いようにはしない」と呼び掛けていたのですが、、、
ナスリーンの一家9人は全員が人質となり、離れ離れに。ヤジディ教徒だったナスリーンさんはイスラムへの改宗を迫られ、改宗しなければ奴隷にされるか殺されるか…
結局、生きるためやむなく改宗したことにしたのです。
クルド自治政府の報告によりますと、虐殺や餓死も含め、イラクのヤジディ教徒は6,000人以上が犠牲になってしまったようです。
ナスリーンが幽閉から逃れたのは2016年1月。隠し持っていた携帯電話でやっと母と連絡がとれました。そして…
母が手配してくれた脱出業者の車に乗って脱出。途中からは雨の中を2日間歩いて逃げ続け、クルド自治区でようやく母と抱き合うことができたのです。
それからは、シリアで人質生活を送ったのちに脱出してきた母や兄弟たちとクルド自治区の避難民キャンプで暮らすことになるのです。
若干37歳の母は、明るく大らかだったのにまるで別人のように自分を責め続ける愛娘ナスリーンを必死に慰めますが、、、
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再会から間もなく、ナスリーンたちはヤジディ教の聖地ラリシュに足を運びます。ISに拘束された父と3人の兄弟は行方不明のまま。
渓谷から湧き出す聖水で身を清め、「家族みんなが無事生還できますように」と祈るほかありません。
(再び家族みんなで幸せに暮らせる日は来るのだろうか?)
(その日が来たら、神の下へ行こう)
ヤジディ教徒としての尊厳を悪魔に奪われてしまったナスリーンは、「私はもう生きる価値もない…」と思い詰めるのです。
なぜ、被害者であるナスリーンは自死を覚悟するほどの負い目を抱かなければならないのでしょうか?
ヤジディ教徒はイラクだけで60万人いるとされています。トルコやシリア、イラン、アルメニアなどにもいます。
中東では女性の純潔が重んじられ、ヤジディ教は特に純粋な血統を固く守っている宗教なのです。レイプされた被害女性には厳しい視線が向けられます。
そんな保守的なヤジディ教は2016年2月、最高聖職者名で異例の声明を出しました。「ISに迫害された女性や子供も同胞だ。寄り添い、救いの手を差し伸べるのが我々の義務だ。」
ヤジディ教の起源は不明ですが、キリスト教より歴史が古いとされています。ゾロアスター教など様々な宗教の影響も受けてきました。
しかし、その独自性ゆえにイスラム教徒からは「悪魔崇拝」と異端視されてきたのです。
ヤジディ教にはISだけでなく、オスマン帝国時代やフセイン政権下でも、何度も何度も虐殺や強制移住の迫害を受けてきている歴史があるのです。
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今も、ナスリーンの故郷は黒い旗の支配下にあります。少数派の苦難に終わりは見えません。。。