「三国志」遺跡巡りの旅!後半の名場面が詰まった「陝西省」編

中国・陝西省の人気観光スポットといえばシルクロードの出発点「西安」があまりにも有名ですね。西安は古くは長安と呼ばれ、諸王朝の都として栄えてきた歴史的重要拠点です。

そして近年、陝西省の世界遺産として人気急上昇中なのが「兵馬俑坑」

秦始皇帝の陵 (墓) の周辺にある兵馬俑坑

さて…

この記事のテーマは「三国志」です

 

陝西省には董卓が築いた城であったり、魏の夏候淵が駐屯した場所であったりと、三国志にゆかりの重要ポイントがたくさんあります。

 

漢中市は水源豊富な盆地なので、重要地点として曹操と劉備がよく争っていました。諸葛孔明の北伐の基地にもなりました。そして、「泣いて馬謖を斬る」の舞台になったところでもあるのです。

そこから西へ約50キロのところにある勉県には、北伐の総司令部が置かれていました。また岐山県には、諸葛孔明が陣没した五丈原があります。

 

そう、ここ陝西省には諸葛孔明に関する遺跡が少なくないのです。『三国志』後半の名場面が詰まっているといってもいいでしょう!

そこでこの記事では、諸葛亮ファン必見の「五丈原古戦場」と「勉県武侯祠」「馬超墓」「武候墓」を紹介したいと思います!

 

三国志

 

 

① 諸葛孔明最期の地「五丈原古戦場」

宿敵・魏との戦いのさなかに陣没した孔明を祀る諸葛亮廟

蜀の軍師・諸葛孔明と魏の司馬懿が最後に戦った古戦場です…

 

圧倒的な国力を有す魏による持久戦法には、軍神といわれた諸葛孔明も太刀打ちできませんでした。いたずらに時間が消耗されていく中で、ついに、孔明は病に倒れ帰らぬ人となるのです。蜀軍の中原回復という悲願の夢がここで絶たれてしまったのです。

ここでの見所はなんといっても五丈原諸葛亮廟(武候祠)です!諸葛亮像はもちろん、楊儀、姜維、魏延といった武将像、そのほか、三国志の名場面を描いた壁画などが展示されています。

 

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■五丈原諸葛亮廟
住所:陝西省宝鶏市岐山県五丈原鎮

アクセス:北京や上海から列車で「宝鶏駅」へ移動します。宝鶏市内の「宝鶏長途汽車站(宝鶏長距離バスターミナル)」で蔡家坡行きバスに乗り、蔡家坡に到着後、高店方面行きのバスに乗り換え、五丈原下で下車してください。

 

② 勉県にある「武侯祠」

諸葛孔明を祀っている「武侯祠」は中国に7箇所もあるんです!

陝西省勉県は三国志の中盤から後半にかけて、数多く登場する三国志の舞台です。三国志関連史跡が数多く残っているので、小さな町ながら気合を入れて観光しないと周りきれません。

 

【諸葛亮孔明】

・181〜234年

・中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍師

 

諸葛孔明の死から29年、西暦263年に創建された最古の武侯祠と言われています。三国志好きにとっては「7ヶ所あるうちの最も古い武侯祠を訪れることが重要です。

成都にある「武侯祠」と比べればこぢんまりとしていますが、諸葛亮像を奉った大殿のほか、李白や王安石などの石碑、各地の武侯祠に関する資料が展示されていてなかなかの見ごたえです。廟の門が北向きなのは「諸葛孔明の魏への執念を表している」と言われています。

 

勉県には他にも三国志関係の遺跡が山ほど! 劉備が曹操を破った記念すべき地「定軍山古戦場」、劉備が漢中王を宣言した地「漢中王設壇処」、劉備が漢中を攻める拠点とした「古陽平関」、馬超を祀った「馬超祠」と「馬超騎馬像」、「馬超墓」、諸葛孔明が読書をしていたとされる「諸葛亮読書台」、そして諸葛孔明が眠る「武侯墓」などなど。日程にゆとりを持って、じっくり観光したい場所です。

 

<DATA>
■勉県武侯祠
住所:陝西省漢中市勉県

アクセス:陝西省の省都「西安」からバスや列車で3時間ほどの漢中市からさらにバスで30〜40分の所にあります。

 

③ 意外な魅力ある「馬超」の墓

武候祠の次は「馬超慕」です。蜀の五虎将軍のひとり馬超のお墓で、武候祠から徒歩5分で到着です。とにかく勇ましいエピソードに事欠かない馬超ですが、祀られている塑像が妙にかわいいところがおすすめです。

④ なぜか3つもある孔明のお墓「武侯墓」

「馬超墓」からはタクシーで「武候慕」へと移動します。勉県の三国志観光は、バスを使うとうまく回れないのでタクシーが一番です。

「武候墓」は、定軍山のふもとにある諸葛孔明のお墓です。赤い壁に瓦屋根の外観は、「武候祠」と似ています。

入場料は70元。敷地内は広く公園のような雰囲気です。

 

孔明の遺言通りの小さなお墓です。お墓の傍には「漢丞相諸葛忠武候之慕」という碑がふたつあります。ひとつは明代の1594年、もうひとつは清代の1735年に建てられたもの。

気になるのは、武候墓の後墳亭に立つ3つ目の碑です。これには「漢丞相諸葛忠武候之真墓」とあります。「真墓」とは「本当の墓」という意味です。盗掘を恐れ偽の墓を作った可能性もあるので、本当に「真墓」かどうかは謎です。

 

定軍山は、蜀と魏の戦いが繰り広げられたところです。この地に、五丈原で病没した諸葛孔明の亡骸が埋められていることに意味があります。「死んでもなおこの戦略的要地に眠り、蜀を守りたい」と願った孔明の遺言が生きているからです。

三国志ファン、特に孔明ファンなら「武候墓」でじっくり時間をとるのもいいでしょう。武候祠と同じく、三国志の名場面の絵もふんだんにあります。時間が許せば定軍山も登れますよ。800mほどの小さな山で、途中までタクシーで行くことも可能です。
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<三国志関連 その他の遺跡>

  • 唐の詩人李白“蜀道は天に登るより難し”と唱えた「褒斜道」(褒中県から眉県)
  • 諸葛孔明の第二北伐の舞台「大散関」(宝鶏市)
  • 蜀から魏に降った孟達の墓「孟達墓」(安康市)

 

勉県には他にも、孔明が発明した運搬具「木牛流馬製造所跡」や定軍山の戦いに勝利した劉備が漢中王になった「漢中王設壇処」などが残っています。勉県の三国志史跡巡りは、コンパクトに重要な史跡が詰まっているので達成感が得られるでしょう。

しかも、勉県は成都ほど大きくなく有名でもないので、三国志好きとしては「ちょっと通なところに来たなぁ」という妙な満足感も得られることでしょう

 

 

【おまけ】 
諸葛梓岐さんは天才軍師・諸葛孔明の子孫で63代目。1983年生まれのカナダ国籍。祖母は日本人で非常に人気のあるモデルさんです。

 

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