「自分探しの旅」の名のもとに、タイやインドに何の目的もなく住み着いてしまう人たちが少なからず存在します。
ここで紹介するエピソードはそんな「沈没者」の一例です。みなさんはけっしてこうならないよう気をつけてくださいね。
東京都出身Aさんのケース
旅を始めて3か月…
アジアを数カ国巡り、今はタイの首都バンコクの安宿に滞在している。今日は、宿泊しているドミトリーの一階にあるバーで一人のんびり猫と戯れている。
時間は深夜1時
気づけば昼夜が完全に逆転してしまった
1日何をするでもなく、夜になれば (いや、夜に限らず日中でも)屋台でパッタイなどのタイ料理とタイのビールLEOを飲む。
どこかに観光でも行こうか、ショッピングでもしようかと思うのだが、「今日はまぁいいか」となってしまう。
せっかくバンコクにいるというのに…日本人が多く利用する安宿に置いてある漫画を読んで過ごすこともある。
『あ~まさか自分が沈没することになるだなんて…』
(ちなみに「沈没」とは、安宿のドミトリーにず~っと長く居座ってしまうこと)
沢木耕太郎の『深夜特急』の冒頭シーンでは、インドの安宿に居座ってしまった主人公が「このままじゃダメだ」と宿を飛び出すシーンがある。
「俺も飛び出さないといけないんだけどなー」
深夜の飲み屋にて
旅する前は「沈没者」の気持ちがさっぱり理解できなかったが、今はリアルにわかる。俺もこのままじゃきっとダメになる。
近くにふらりと行ける行きつけの飲み屋まで出来てしまった。深夜、寂しさを紛らわすためついつい飲み歩いてしまう。
日本人オーナーのこじんまりとした店だが、深夜3時でも必ず誰かがいてくれる。俺はLEOを飲み、片言の英語と片言の日本語でくだらない話をする。
この店のオーナーである日本人は、現地のタイ人と結婚しているとのこと。
しかし、本当は結婚していないんじゃないかと思う。結婚式も挙げてないし、日本にも一回しか行ったことがないらしい。
現地妻…
たぶんそうだろう。そんなことはどうだっていい。ここにはローカルな人しかいないのですごく落ち着く。
俺はこういったローカルなところでワイワイやるのが好きだ。繁華街で飲むのはあまり好きじゃない。繁華街で飲んでいると売春婦が話しかけてくるからね。
売春婦たちと話をすると、彼女たちの深い闇に飲み込まれそうになってしまう。かといって俺には、その闇から救い出してあげれられるほどの甲斐性はない。
無理して笑顔を作る夜の蝶を見ると、自分の無力さに嘆き、彼女たちの悲しみに同調し、翌朝必ずと言っていいほど自己嫌悪に陥る。
俺は…本当は人間のダークな部分を見るのが嫌いな弱い人間なんだ。というわけで、この夜もいつものローカルな店でタイ人たちと飲んだ。タイのローカルな女の子だ。ノリがよく、少しは英語も話せる。
怪しい誘惑
彼女とは日本のアニメや音楽の話で盛り上がった。
俺はLEOビールを5本空けた。
ほろ酔いでコンビニに水を買いに行こうとすると、彼女はこう言った。
「気をつけて!この辺りよく強盗があるんだ。」
ここは異国の地バンコク。深夜ともなるとさすがに細心の注意を払わなければならない。無事戻ってくると、彼女はしきりに俺のドミトリーの場所を聞いてきた。「俺のドミトリーに泊まりたい」と言ってきた。
「なるほど」
俺はなんとなく理解した。
俺は売春のカモにされようとしているのだ。案の定「3000バーツ(1万円もしない額)」と言ってきた。
そうか、そういうことか…俺はどこか物悲しくなり、首を横に振り、彼女たちのビール代を奢り、一人ふらふらとドミトリーに戻った。
翌日
翌日から俺はより深く「沈没」していった。何もする気が起きないし、このままずっと寝ていたい。何をするにもめんどくさい。騙されるのも嫌だ。
俺は「沈没」しながらふと思う。
元々この旅は「自分を見つめ直すための旅」だったのに、今の俺は完全に自分を見失っている。
旅を始めて3か月。
「なんでこんなことになってしまったんだろう?」
今の俺はとても深い海の底に「沈没」してしまっている。水圧がすごくて動けない。息もできない。ポジティブな気持ちがまったく湧き上がってこない…