「少子化問題」で日本政府に過剰な期待を抱くな!



厚生労働省の調査で、「4世帯に1世帯が単身世帯」となっていることがわかっています。子供たちがいても社会の助けを必要とする高齢者が増えてきているというのに、その家族さえいないなんて。。。家族とは一体何なのか。

そもそも、現在国内で起きている問題の多くは、希薄になった家族関係に要因がある…と言えるのではないでしょうか。つまり、少子化対策を考える上で、まず「家族のあり方」というものも一緒に考える必要があるのです。全ての家族が円満であれば、社会は自ずと平和になることでしょう。そういった意味でも、少子化対策は早急に行わなければならない国策の一つだと思うのです。にも関わらず、日本政府ときたら…

 

家族の存在は本当に大事

(一般社会のみならず) 家族内においても様々な人間関係が生まれ、「摩擦と協調」「対立と協力」といった関係性が生じるものです。ときには辛抱が求められ、協力があれば強い団結力ともなり得ます。こうした人間関係が人を成長させる…といっても過言ではありません。

しかるに現代の「家族」はどうでしょう?良好な家族関係が築かれていないばかりか、単身であるため、犯罪の抑止力や道徳力が健全に育っていません。「自分の過ちで家族に迷惑をかけてはならない」と思うことすらないのです。さらに、子や孫という存在と共に過ごすことで物の見方や考え方が変わり、心穏やかになりやすいものなのです。

 

 

「少子化」は政策で止められる?

「1.57ショック」という言葉をご存知でしょうか?女性が一生に産む子どもの平均数を表す合計特殊出生率が、1990年当時、過去最低の1.57であることが判明したのです。これ以降、「少子化」は日本の命運を左右する重大な社会問題とされてきました。

こうして様々な「少子化対策」が四半世紀に渡って実施されているのですが、結果は惨敗。合計特殊出生率は低水準のままで、「1.57」すら下回る「1.4…」の水準に甘んじています。「出生率は正しい政策で回復できるものだ」と考えている方もいることでしょう。果たして本当にそうなのでしょうか?

 

 

「幼児教育無償化」は画期的だが…

2017年秋、安倍晋三内閣総理大臣は記者会見で「子育て支援」に関する言及を行いました。そのいくつかは画期的だったということもできるでしょう。たとえば「幼児教育の無償化」「待機児童の解消」「子育て世代への投資」などなど。従来のワーク・ライフ・バランスや男女共同参画、女性総活躍といった枠組みを超えて「人づくり革命」として位置づけたのです。

これは、従来の子育て支援や少子化対策が「共働き」家庭ばかりを重視してきたことを反省したものとも言えるでしょう。2017年度のこの提案は、「共働き」「片働き」「ひとり親家庭」の分け隔てなく、日本国民である限り子どもが受けるサービスは平等であるべき…という普遍主義的な福祉政策につながりうる視点だと考えられます。

ただし、その財源をどこから持ってくるかが最大の問題となります。デフレを脱却しきれていない現状において、消費増税が物価上昇率2%の目標を頓挫させ、経済成長を腰折れさせかねないのです。もちろん、数兆円規模の「子育て支援」や「介護支援」を増税なしに行うことはできませんが、増税の前に税金の無駄遣いを改めることから始めるべきなのもまた事実。待機児童の問題や保育士の待遇改善などが遅れている現状も忘れてはなりません。

 

 

間違っている「少子化」対策

今の政策立案者は「家族」をどのように捉えているのでしょうか?そこに哲学は一切存在していないようにすら思えます。未来永劫に続く「家族」というものを考慮しているようには到底思えません。そんな立案者たちがいくら表面状の少子化対策を行ったところで、本質の改善には至らないことでしょう。

そもそもの観点として、高齢者も子供たちも国からの補助が削減されるべきなのです。なぜなら、(労働) 人口が減少していくわけなのだから。その代わり、個人や家族の自助精神を育てることが重要です。赤字財政が続き、国の借金が膨らむ中で、少しでも子供の将来を考えてあげる必要があるのです。

何より、この自助精神を高めることが「自分の将来を真剣に考え」「結婚し」「子供を産み」「素晴らしい大人に育てる」ことにつながっていくのです。政策立案者の皆さん、お金のばら撒きはもうやめませんか。子育て支援を充実させるだけで、安易に「出生率が高まる」と想定しない方がよいでしょう。

しばしば、「子育て支援によって経済が成長すれば子どもを産みやすくなって出生率が高まる」といった論調を唱える人もいますが、それは間違いです。「2025年までに希望出生率1.8を達成できる」という人もいますが、何を根拠にそんなことを…とバカらしくすらあります。1人あたりのGDPによって示されるような「豊かさ」と「出生率」の間に因果関係はない…と想定した方がいいでしょう。

 

 

政府に過剰な期待は禁物

近年の人口学によれば、夫婦の理想子ども数や予定子ども数はここ30年ほど大きく変化してはいません。実際に産む子ども数の平均も下がってはいません。ではなぜ日本は少子化していっているのか。その要因は、結婚した夫婦が子どもを多く産まなくなっているのではなく、結婚しない人の割合が増加したことにあるのです。

この事実を正しく踏まえることなく、日本の少子化対策は「夫婦がもう1人追加的に産むことを推奨する」ような政策に偏っているのです。「結婚」の概念に拘らず、事実婚や国際結婚といったものを理解することから始めるべきなのではないでしょうか。婚外子も良しとすべきなのかもしれません。そうした発想もなく「現状の少子化対策だけで出生率を高めよう」とする政府には過剰な期待を抱かない方がいいでしょう。

 

 

おわりに

少子化の主な原因は、「人口減少」「未婚率の上昇」「子育て費用の増加」「多様な生き方」などにあります。そして、現在および将来の社会に対する不安感もあります。

こうした社会の成熟によって「少子化」が起きてしまいましたが、社会問題は様々な要因が重なり合って深刻化していくものです。少子化問題は、高齢化問題と重なり合って少子高齢化問題ともなるのです。子供の貧困化や環境の悪化などとも無関係ではないのです。

それらのことを総合的に考えた上で、もう一度少子化問題を考え直してみてください。政治家や役人たちではできなかった解決法が見つかるかもしれませんよ。